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芸術の言語に境界はない──『孤独の午後』アルベール・セラの作品世界②

芸術の言語に境界はない──『孤独の午後』アルベール・セラの作品世界②

〈解析のフィクション〉と〈解析の孤独の午後〉は相次いで「カイエ・デュ・シネマ」ベスト10の1位に躍り出た。
〈サンチョを待ちながら〉に関する制作過程やその後談は、この映画でホセフ役として出演した映画評論家マルク・ペランソンが自ら手がけたドキュメンタリー〈サンチョを待ちながら〉(2008)に収められている. 映画の撮影地だったスペインのグランカナリア島で5日間、俳優として参加した彼は、アルベール・セラ監督に特有のロングテイクや、非プロの俳優との仕事、そして即興による演出など、フィクション映画とドキュメンタリーの境界を行き来する現場を緻密に記録した. 彼が下した結論は、毎シーン、毎瞬間において、既存の映画美学に対してできる限り抵抗するというものだ.
是枝裕和監督、新作〈箱の中の羊〉を語る 訪韓記者会見にクワキ・リム同席

是枝裕和監督、新作〈箱の中の羊〉を語る 訪韓記者会見にクワキ・リム同席

是枝裕和監督が新作〈箱の中の羊〉を携えて訪韓し、6月10日の公開を前に記者会見に臨んだ. 温かくも鋭い視点で代替的な家族の物語を描いてきた監督の新作は、ヒューマノイドという人工的な存在を通じてこれまでのテーマをさらに押し広げる作品だ. 6月4日、メガボックスCOEX店で開かれた今回の行事には是枝裕和監督と、作品でヒューマノイド・カケル役を務めた子役のクワキ・リムが出席した. 会見では、作品の着想やキャスティング、制作過程について二人が語った.
「マイケル」が呼んだボブ・フォッシ ①:ライザ・ミネリの魅力に満ちた「キャバレー」

「マイケル」が呼んだボブ・フォッシ ①:ライザ・ミネリの魅力に満ちた「キャバレー」

1973年のゴールデングローブ賞ミュージカル・コメディ部門で作品賞を受賞した〈キャバレー〉は、同年のアカデミー賞で監督賞(ボブ・フォッシ)と主演女優賞(ライザ・ミネリ)を受賞した。
〈マイケル〉の興行と相まって、いちばんうれしいのは、マイケル・ジャクソンの少年期に関する記憶とともに、彼がインスピレーションを得たと告白したダンサー兼監督のボブ・フォッシを呼び出したことだ. 先の「チュ・ソンチョルの物置」で1980年のカンヌ映画祭において、黒澤明の〈影武者〉と共同でパルム・ドールを受賞した〈オール・ザット・ジャズ〉(1979)を紹介したのに続き、ボブ・フォッシの別の二作〈キャバレー〉(1972)と〈ライザ〉(1974)を取り上げたい.
[インタビュー] キャリア史上最も大胆な挑戦、〈ワイルド・シング〉 カン・ドンウォン②

[インタビュー] キャリア史上最も大胆な挑戦、〈ワイルド・シング〉 カン・ドンウォン②

「私の『ヘッドスピン』?世界一の俳優になりたい、それだけです」
▶〈ワイルド・シング〉 俳優 カン・ドンウォン インタビューは 1部から続きます. 〈ワイルド・シング〉のヒョンウにとって『ヘッドスピン』が決して諦められない夢の象徴であるように、カン・ドンウォンさんにとってそのような夢があるとすれば、それは何ですか. 私はただ世界一の俳優になりたい、それだけです. 夢です. それが私のヘッドスピンです. ヒョンウは年月が経ち知名度が落ち、生活に追われるような哀愁ある現実派キャラクターです. デビュー以来ずっと頂点の座を守ってきたカン・ドンウォンという俳優にとって、このような人物の感情線は違和感があったのではないでしょうか.
コルティス「ビルボード200」3位で自己最高記録…BTS 8位

コルティス「ビルボード200」3位で自己最高記録…BTS 8位

ミニ2作目『グリーングリーン(GREENGREEN)』で自己最高成績を達成。防弾少年団『アリラン』は8週連続でトップ10入りし、K-POPの存在感を証明。
グローバルチャートを席巻した『コルティス』が、K-POPの新たな節目を提示 グループ『コルティス』が2枚目のミニアルバム『グリーングリーン(GREENGREEN)』で、米国のメインアルバムチャート『ビルボード200』の3位に到達し、自己最高記録を更新した. これは、グローバル音楽市場における確固たる地位を示す、権威ある指標だ. 『ビルボード200』3位入りの詳細な成果 17日(現地時間)に公開されたビルボードチャートの予告記事によると、『コルティス』の『グリーングリーン』は発売初週に『ビルボード200』で3位に直行した.
キム・ナヒ評論家の『ビバルディと私』① 春、あるいは「聴こえてくるだけ」だった存在たちが姿を見せ始める瞬間

キム・ナヒ評論家の『ビバルディと私』① 春、あるいは「聴こえてくるだけ」だった存在たちが姿を見せ始める瞬間

原題は《Primavera》。イタリア語で「春」を意味する。ビバルディの《『四季』》のうち最初の協奏曲の名前であると同時に、ここでの「春」は解放の別の言い方だ。
映画 〈『ビバルディと私』〉 の原題は 《Primavera》、イタリア語で「春」を意味する. ビバルディの 《『四季』》 の最初の協奏曲の名前でもあるが、ここでの「春」は解放の別の言葉だ. 1968年のプラハの春、1980年のソウルの春、2011年のアラブの春のように、抑圧の時代のあとにやって来た時間たち. 長く押し込められたものが、ふたたび本来の色を取り戻し、花開く瞬間である. 私たちは誰もが、どんな形であれ「春」が解放であることを知っている. 映画のエンディングクレジットとともに耳にする 〈『春』〉 と、その言葉が持つ意味は、長い余韻を残す.
ペ・スンタク作家の『マイケル』を待つ気持ち ① ジャクソン5から、なんと1億枚の『Thriller』に到達するまで

ペ・スンタク作家の『マイケル』を待つ気持ち ① ジャクソン5から、なんと1億枚の『Thriller』に到達するまで

「私は世界をひっくり返してみせる。私は幻想的だ。深く、深く掘り下げて掘り下げる。これまで史上最高のアーティストたちが成し遂げたものを、超えてみせる。」
11歳ごろの私は、小学校4年生だった. 職業が企業の交渉担当だった父は、しょっちゅう海外を行き来していた. 父の出張みやげは、だいたいレゴのようなおもちゃだった. そんなある日、父がプレゼントに1枚のアルバムを買ってきた. まさにそのレコード、マイケル・ジャクソンの1987年作 〈Bad〉を聴いて、聴いていた記憶が、今でもはっきりと鮮明に残っている. もちろん、うちにはカセットテープよりもレゴのほうがずっと多かった. あとでそのレゴは、跡形もなく消えてしまったが、もし保管していたらかなりの値段がついたのではないかと推測している. 株が上がったあとに嘆くのと似ている. 私たちはみんな、仮定法過去完了の奴隷だ.
BTS『アリラン』がビルボード6週連続トップ5…マイケル・ジャクソンと並ぶ、K-POPの“いま”のアイコンとポップの伝説が共存

BTS『アリラン』がビルボード6週連続トップ5…マイケル・ジャクソンと並ぶ、K-POPの“いま”のアイコンとポップの伝説が共存

防弾少年団の5thアルバムがビルボード・チャートでロングヒット、映画公開に後押しされたマイケル・ジャクソンの名盤も7位に思わぬ再浮上
'防弾少年団' の 'アリラン'と 'マイケル・ジャクソン' の 'スリラー'が 'ビルボード200'チャートの最上位圏を同時に飾った. K-POPの新しい歴史を編集中の 現在のアイコンとポップの伝説である“過去のアイコン”が、時空を超えてグローバル音楽市場で圧倒的な波及力を証明している. グループ防弾少年団 の正規5作『アリラン 』が、米ビルボードのメインアルバムチャート『ビルボード200』で6週連続『トップ5』に入り、長期ヒット体制に突入した.
メリル・ストリープのすべて ② 完璧な変身「鉄の女」「オーガスト:家族の肖像」「フローレンス」

メリル・ストリープのすべて ② 完璧な変身「鉄の女」「オーガスト:家族の肖像」「フローレンス」

「実在の人物を演じたことはそれなりにあるけれど、〈鉄の女〉のように40年あまりという長い年月を演じたことはなくて、とても興味深かった」と語った。
〈鉄の女〉 論争の的となる女性政治家を演じるということ マーガレット・サッチャーという論争の的となる政治家を題材にしたという点で、〈鉄の女〉(2011)は、事実上「メリル・ストリープがマーガレット・サッチャーを演じた」ということ自体に大きな意味がある. ある観客にとっては、それだけがすべてなのかもしれない. マーガレット・サッチャーは2013年にこの世を去ったため、生きているうちにこの映画は公開されたが、観ることはできなかったそうだ. とはいえ、「政界引退後のサッチャーの精神的な衰えを、あまりにもおかしく描いた」と怒りをあらわにした英国保守党の政治家たちは多かった.
メリル・ストリープのすべて ① 素敵なお姉さんの始まり『クレイマー、クレイマー』と『愛と哀しみの果て』

メリル・ストリープのすべて ① 素敵なお姉さんの始まり『クレイマー、クレイマー』と『愛と哀しみの果て』

カレン・ブリクセンの同名原作小説を映画化した 〈愛と哀しみの果て〉は、「私はアフリカのウンゴンゴ丘のふもとに農場を持っていた」という素敵な一文で始まる。
メリル・ストリープの具体性と正確さ 〈クレイマー、クレイマー〉 メリル・ストリープのハリウッド・オデッセイの初期は、実に険しいものだった. 最初にアカデミー助演女優賞をもたらした 〈クレイマー、クレイマー〉(1979)の撮影当時、ダスティン・ホフマンと仲がよくなかったことがその代表例だ. 仲がよくなかった、というより、今やセクハラ問題などその実態がほぼ明るみに出ているダスティン・ホフマンが、当時一方的に彼を押しつぶすように迫っていたのと同じだった.