独特の爆発力ある歌唱力と感性で愛されてきた歌手ベン(BEN)が、元夫との結婚生活で経験した長年にわたる対立、そして出産直後に離婚を決意せざるを得なかった胸の痛い事情を涙ながらに語った。

■「生きてきた5年間ずっと抱えていた」…子どもがやって来た瞬間にも繰り返された裏切り感
24日、ユーチューブチャンネル『義姉さんはケイウィル』のウェブバラエティーコーナー『知ってるお義姉さん』第40回エピソードで、歌手ベンがゲスト出演し、これまで大衆に明かせなかった離婚プロセスの内情を率直に告白した。
この日の映像で、ベンは「生きている中でいろいろなことを全部経験した気がする。そうしているうちに、自然と性格(の傾向)も変わったようだ」と慎重に切り出した。続けて「実質的には、私はあの人(元夫)と暮らしながら、5年を抱えていた」と述べ、恋愛時代を含む結婚生活の間ずっと深い葛藤を胸にしまい、耐えてきたことをにおわせた。
ベンは「恋人関係ではないから(整理するのに)とても慎重である必要があった。耐えてみても、また見て怒ってみても、さまざまな努力を全部やってみた。そうしているうちに子どもができた」と振り返った。彼女はあまりにもつらい時期に奇跡のようにやって来た子どもを前に、「この子が私を救いに来てくれたんだ」と考えて幸せを誓ったが、悲劇は止まらなかった。ベンは「その瞬間にも事故(トラブル)が起きるんだよね。その瞬間にも、裏切られたような感情がやって来て、受け止めるのが本当に大変だった」と目を潤ませ、周囲を切なくさせた。

■ 迷いを断ち切って見据えた未来…父の反対を押し切り、一人で立ち上がる決断
出産後、わずか6か月で別れるまで、ベンの心の中では「本当に正しい選択なのか」「別れないで済むのではないか」という数々の思い悩みと逡巡が交錯した。だが、彼女をつなぎとめたのは、未来を冷静に見据えることだった。
ベンは「先のことを見ようと努力した。3年後に、私の娘が6歳になったときの自分を想像してみたけれど、離婚しなければ、その時もなんとなく同じような悩みを抱えて苦しんでいる気がした。そうであれば、早く整理しようと思った」と決断の理由を語った。
彼女は「私は、一度恋に落ちたら、すべてを賭けるタイプだから、元夫との間で信頼が壊れることが何度も繰り返されたのに、好きだった気持ちが残っていて、別れていく過程がこれ以上なく大変だった」と打ち明けた。とはいえ、「結婚は決して“気持ちひとつ”で生きられるものではないんだよね。私がちゃんと幸せに生きなければ、私の子どもも生きられる、そう考えて、ものすごく大きく気持ちを決めた」と述べ、現在はその選択に後悔がないことをきっぱりと明言した。
この過程で経験した家族間の対立も告白した。保守的な考え方で「みんな、そうやって我慢して暮らす」といったうえで、離婚に対して頑固に反対していた実家の父親について触れたベンは、「今でも父には本当に申し訳ないと思っているけれど、これから私が生きていく道のりは遠い(長い)から、どうしようもない選択だった」とも言い、目を赤くした。
■「安産すると言って、シングルマムとしてカムバック…人々の視線があまりにも怖かった」
世間の評価を受ける必要がある芸能人という職業の特性上、「シングルマム」として復帰していく過程は、まさに恐怖そのものだった。ベンは「いちばん怖かったのは、大衆に『安産してきます』と言ってあいさつして出ていったのに、離婚して戻ってくること」だとし、「人々が私をどう見るのか、何と言うのかが怖くて、体が震えるほどだった。子どもを産みに行って、シングルマムとして戻ってくる私の姿が、あまりにも滑稽なものとして消費されてしまわないかと不安だった」と、あまりにも残酷だった一人立ちの当時の胸の内を打ち明けた。
それでも、離婚専門のバラエティー『これからはひとりだ』などへの出演を決めた理由については、「私がシングルマムであるという事実は変わらないし、また私が悪かったわけじゃないでしょう」と述べ、「私がもっとうまく生きるために必要だった、堂々とした選択であることを、自分の口で直接ほどいて見せるのが正しいと思った」と付け加え、さらに固くなった母親としての姿を見せた。
2020年に婚姻届を出し、その後2021年に正式な結婚式を挙げていたベンは、翌年に娘を出産したが、結婚3年目となる2024年に結局破局を迎えた。当時、ベンの所属事務所側は公式な立場として「夫側の帰責事由によって離婚を決めることになった」と明確に明らかにし、娘の養育権は母親であるベンが持つことで合意したと伝えていた。



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