クリストファー・ノーラン監督の新作『〈オデッセイ〉』は、モロッコ、ギリシャ、スコットランド、イタリアなど各地でロケを重ねた。出演したマット・デイモンは「まるで映画を同時に7本撮っているような気分だった」と振り返る。ノーラン監督はアナログ撮影を好み、多地点での撮影を敢行したことで知られる。慣れた頃には次の土地へ移動し、適応した頃には環境が一変する。デイモンは毎回ゼロから入り直すような感覚で撮影に臨んだ。では、〈オデッセイ〉はどこでどのように撮影されたのか。以下を参考に『オデッセイ オンラインツアー』を体験してほしい。この記事で紹介した場所を含む、〈オデッセイ〉の全ロケ地はここで確認できる。
モロッコ エッサウィラ - トロイの海岸
オデュッセウス王(マット・デイモン)の壮大な旅、〈オデッセイ〉の幕開けであり長い戦いの終焉を告げる「トロイの木馬」の場面は、モロッコのエッサウィラ(Essaouira)で撮影された。この場面は、浜に半ば埋まった木馬と最後に残った兵士シノン(エリオット・ペイジ)を除けば、荒涼とした海原のような自然景観が観客の目を引く。エッサウィラはかつて交易都市で、多様な文化が残る観光地として知られているが、市街地を離れた先に長く続く海岸線が使われたとみられる。


モロッコ アイット・ベン・ハッドゥ - トロイ
ギリシャ連合軍がトロイを急襲する場面は、モロッコのアイット・ベン・ハッドゥ(Ait Ben Haddou)で撮影された。実際のトロイはトルコに位置し、海岸に近い地域だが、アイット・ベン・ハッドゥは内陸の集落という点が特徴的である。実際にその土地そのものを舞台にしたのではなく、巨大なセットを組んで撮影しており、トロイの場面をモロッコで完結させる拠点として選ばれたと考えられる。とはいえ、セットではなくともアイット・ベン・ハッドゥはモロッコ特有の建築様式が色濃く残る地域で、ユネスコの世界遺産にも登録された観光名所でもある。


モロッコ ダクラ ホワイト・デューン - カリプソの住処

〈オデッセイ〉は二つの筋で物語を進める。一つはオデュッセウス不在に困惑するイタカであり、もう一つは記憶を失ったオデュッセウスが記憶を取り戻す過程である。後者はオデュッセウスを世話するカリプソ(シャーリーズ・セロン)との時間の中で描かれ、この場面はモロッコのダクラ(Dakhla)にある名所「ホワイト・デューン」で撮影された。透き通る海の色と広大な砂浜はカイトサーフィンの名所として知られる。アクセスは決して良くないが、風の強い日には多くのカイトサーファーが訪れる。
ギリシャ ピュロス ネストルの洞窟 - キュクロプスの洞窟

キュクロプスの洞窟は、ギリシャのピュロス(Pylos)にある「ネストルの洞窟」で撮影された。ただし、キュクロプスを動かすために複数の造形が用いられたことから、洞窟内部の場面は別の場所で撮影された可能性がある。いずれにせよ、キュクロプスの洞窟の入り口はネストルの洞窟の前で撮影されており、写真を見ただけでも映画の雰囲気がそのまま連想されるほどだ。このネストルの洞窟はギリシャ神話にも登場する場所で、使者の神ヘルメースが太陽神アポローンの牛50頭を盗んだ際に隠した場所だと伝えられる。ピュロスの王ネストル(彼もまたトロイ戦争に参戦した)は家畜を飼育していたことで『ネストルの洞窟』と呼ばれるようになった。ヘルメースが神の牛を隠すほど見つけにくい場所であったため、家畜を安全に飼えるという判断からだという。神話的要素を離れても、人類学的には先史時代の人間が居住していた痕跡が見つかる遺跡でもある。
スコットランド カルビンの森 - 巨人族の森

〈オデッセイ〉の中で圧倒的な恐怖を見せる場面は、前述のキュクロプス場面と続いて登場する巨人族との遭遇である。オデュッセウス一行が鎧をまとった巨人族と出会うこの場面は、英国スコットランドのモレイ(Moray)地域にあるカルビンの森(Culbin Forest)で撮影された。自然そのままの姿に見えるが、意外にも人工的に造成された森である。本来この地域は砂嵐が頻発したため、それを防ぐ目的で大量にマツを植えて森としたという。『ヒル99トレイル』というトレッキングコースがあり、2時間ほどで一周できるとされる。コース中ほどの丘の頂上には木製の塔があり、そこに登れば森の全景を望めるという。


アイスランド マルカルフリョート川 - 冥界

オデュッセウスは長い旅路の中で帰る方法を知るため、死者たちを呼び出す。この場面は開けた広大な空間で展開するが、無数のライオンがオデュッセウスを取り囲み緊張感を高める。この場面の撮影地として紹介されているのが、アイスランドのマルカルフリョート川(Markarfljot)だ。アイスランド全体には原初の自然景観がそのまま残る場所が多く、マルカルフリョートのような川は氷河の融解で多くの礫や砂が運ばれてできる『網状河川』と呼ばれるタイプである。アイスランドだけでなくニュージーランドにも見られる河川形態だが、ロケ地に選ばれた背景には、北アフリカや欧州に撮影地が集中している事情もありそうだ(もちろん映画の雰囲気が第一の理由であったはずだ)。周辺に文明の痕跡がなく、写真を見るだけで畏敬と冥界の冷たさが同時に伝わってくる。
イタリア ファヴィニャーナ - イタカ



最後に紹介するのは、オデュッセウスが帰るべき場所であり、同時に〈オデッセイ〉の別の物語が展開するイタカである。実際のギリシャのイタカ(Ιθάκη)島ではなく、イタリアのファヴィニャーナ島(Favignana)で撮影された。ファヴィニャーナはシチリア近郊にある島で、爽やかさと青い海の象徴として多くの映画に登場する。シチリア同様に広がる青い海と印象的な断崖地形、古代遺跡がそのまま残り、シチリア滞在の合間に立ち寄る観光客も多い。なお、シチリア近辺ではファヴィニャーナのほかにエオリエ諸島(Aeolian Islands)でも〈オデッセイ〉の撮影が行われている。セイレーン、スキュラ、カリュブディスなど神話的生物が登場する島々がエオリエ諸島で、映画では無人島のように見える場面も多いが、例えば『イル・ポスティーノ』の撮影地であるサリーナ島など観光名所としても知られている。



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