[インタビュー] パク・チャヌクが再解釈したAI時代の『モダン・タイムズ』! 『ノー・オザー・チョイス』パク・チャヌク監督が語る映画の裏話

「イ・ビョンホンが真剣に、予想外の瞬間に笑わせるのが得意で、その楽しさを発見した」

映画 〈ノー・オザー・チョイス〉 ポスター [CJ ENM·モホフィルム提供]
映画 〈ノー・オザー・チョイス〉 ポスター [CJ ENM·モホフィルム提供]

これほど‘大っぴらに笑わせる’スラップスティックコメディだとは。映画 〈ノー・オザー・チョイス〉を見るまでは、パク・チャヌク監督の‘復讐3部作’と似たようなものだろうと思っていた。しかし、なんと、パク・チャヌク監督は自身のフィルモグラフィーの中で‘最も本格的なコメディ映画’として劇場に登場した。

パク・チャヌク監督の前作はジャンル映画に少しのコメディが加わった形だったが、 〈ノー・オザー・チョイス〉はジャンルが‘コメディ’である。パク・チャヌク監督は前作の控えめなユーモアの代わりに露骨なユーモアを配置し、誇張された状況の中のアイロニーを作品全体の情緒として捉えた。監督は家族を守ろうとする行動が結局家族を崩壊させるという逆説を基に、 〈ノー・オザー・チョイス〉は重いテーマをユーモアで解きほぐした。

パク・チャヌク監督は社会システムの中で没落する労働者の物語を、 〈モダン・タイムズ〉(1936)を思い起こさせるアイロニーとボディーギャグで再解釈した。まるで資本主義社会の中で疎外されていく工場労働者を扱った 〈モダン・タイムズ〉のように、 〈ノー・オザー・チョイス〉は衰退産業の労働者たちの現実に対する考察でもある。23日の午後、シネプレイは鍾路区のある場所でパク・チャヌク監督に会い、 〈ノー・オザー・チョイス〉の裏話を直接聞いた。


パク・チャヌク監督。(提供=CJ ENM)
パク・チャヌク監督。(提供=CJ ENM)

少し前にソン・イェジンさんに会ってきたのですが、ソン・イェジンさんがパク・チャヌク監督を「平穏だ」と言っていました。監督は元々感情の‘アップ&ダウン’がないそうですね。

私は天性そうだと思います。子供の頃からあまり緊張せず、ちょっと淡々としています。

そんな淡々とした方が 〈ノー・オザー・チョイス〉のような‘大っぴらに’面白い映画を作ったのですね。(笑)

キャラクターを想像する時は自分ではないので、その人がどうなるかを想像することで、私は自分の映画のキャラクターたちとあまりつながりがない監督だと思っています。ストーリーテラーの中で、キャラクターに自分を多く投影しないタイプの監督です。

〈ノー・オザー・チョイス〉
〈ノー・オザー・チョイス〉

だから日常では試みないユーモアを大胆に試みたのですね。監督の前作では控えめなユーモアがあったなら、今回はもう少し露骨な形のユーモアを前面に配置されました。そのようにユーモアのスタイルを変えた理由が気になります。

そうですね。なぜそうなったのでしょうか?計画を立てたわけではなく、キャラクターに従っていくうちにそうなりました。例えば、「トンボ」のシークエンスでは、始まりが「音楽を大きく流す」でした。そのような状況では会話をするためには叫ぶしかなく、興奮した状態で始まると誇張され、強烈になっていきます。そうしているうちにチャーリー・チャップリンの時代が思い出され、そうした体を使ったギャグを使うコメディになっていきました。私も脚本を書きながら感じたのですが、キャラクターたちが次第にみんな狂っていくように私もそうなってしまいました。ボムモ(イ・ソンミン)の家の裏山に行った時、マンス(イ・ビョンホン)が坂道で滑り落ちるのは、その場所のロケーションスカウティングに行った時にここでマンスが滑り落ちたらいいなと思ったからです。私は何度もチャーリー・チャップリンのことを考えさせられ、また 〈ノー・オザー・チョイス〉が社会システムの中で壊れていく労働者の話をしているので 〈モダン・タイムズ〉のことを思い出したのだと思います。またビョンホンさんが真剣に、予想外の瞬間に笑わせるのが得意です。だから私はますますその姿に楽しさを見出したのだと思います。ダンスパーティーのシーンでもビョンホンさんがそのように演技するとは思いませんでした。私たち映画を作った人たちの中ではこの映画で一番笑ったシーンです。

パク・チャヌク監督。(提供=CJ ENM)
パク・チャヌク監督。(提供=CJ ENM)

では最初から誇張されたコメディをする計画はなかったのですね。

全くありません。書いていくうちにこうなるのです。ただ、原作 「斧」(出版名 「アックス」)を読んだ時、原作よりももっと面白くなる可能性を見ました。だからこの作品をぜひやりたいと思い、共同脚本家たちにも原作よりももっと面白くしようということを最初に言いました。しかし、こうしたフィジカルコメディに発展するとは最初は思っていませんでしたが、やっていくうちにこうなりました。イ・ビョンホンさんもシナリオを読んで最初に言ったのが「面白くてもいいのか」という言葉で、自分は読んでいて面白かったが、自分が変に読んだのではないかと心配になったようです。だから私は「正確に読んだ。面白いほど良い」と答えました。

〈ノー・オザー・チョイス〉
〈ノー・オザー・チョイス〉

〈ノー・オザー・チョイス〉はブラックコメディですが、実際には悲しくて残酷な話でもあります。監督は前作でも重いテーマの話の中に、時折予想外のユーモアを入れるのを楽しんでいましたが、特にコメディを好む理由が気になります。

悲しい話ですが、ずっと悲しい雰囲気だけで作ると面白くなく、まるで 〈モダン・タイムズ〉のようにコメディをすることでより悲しいと思いました。かわいそうな人の話を持ってこうして笑わせてもいいのかという批判が出るなら、それは非常に単線的だと思います。人生を総体的に描写するためにはユーモアも必ず必要だと思いますが、そのユーモアは共感に基づくものでなければならず、うっかり冷笑主義に陥ってはいけない、そして冷笑主義を警戒しなければならないと思います。

では、原作小説で最も多く変えた部分はどこですか。

家族が犯行を知るという点です。原作と根本的な違いを生む変化です。マンスが自分の家族を守ろうとした行動によって家庭が崩壊するという、その巨大な逆説が私の映画で最も重要な点です。

同様に同じ原作小説を基にしたガブラス監督の映画 〈アックス、就職に関する危険なガイド〉(2005)は初めから殺人が始まります。一方、 〈ノー・オザー・チョイス〉では最初の犯行が始まるまでに少し時間がかかります。このようなアプローチを取った理由があれば教えてください。

私は観客がマンスに従っていく映画にしたかったのです。最初は幸せの絶頂から始まり、失業して苦しみ、ある決心をし、計画して。これらすべてを順番に追いながら、観客が冷静にこの人を観察し、共感し、時には距離を置いて批判的に観察する。そうして観客とマンスとの関係が常に変わる映画を作りたかったのです。本来イ・ビョンホンという俳優は、目を見ただけで説得力を持っています。私はイ・ビョンホンという俳優が他の俳優よりもその訴求力が最も強い俳優だと思っています。だからイ・ビョンホンに観客が瞬間瞬間に引き込まれ、時には応援したくなり、失敗したりおろおろした行動をすると残念に思い、ある瞬間には距離を置いて「自分は何をしているのか」と思ってほしいです。ある瞬間には殺すのをやめてほしいという思いもあり、観客自身が感情を投資したこのマンスというキャラクターがこれ以上道徳的に堕落しないでほしいという気持ちも持ち続けてほしいです。家族が知ってはいけないという思いも持ってほしいです。マンスがボムモに「お金が稼げなければ、家でも売れ。スーパーに行って荷物でも運べ」と言う言葉は、実際には観客がマンスに言いたい言葉です。しかしマンスもそれを知っているのです。観客はマンス自身もそれを知りながらなぜそんなことをするのかという質問を投げかけるのです。「それをするお前はなぜそうするのか、なぜ殺人を三回もするのか?」と。だからマンスに対する気持ちが行ったり来たりしながら、観客が道徳的な質問を常にしつつ、マンスを助けてあげたいという気持ちが湧いてくるように、観客が混乱しながら映画を見てほしいと思いました。

※ 2部で続く。

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