
ヒップホップ史に欠かせない伝説的なDJ兼ラッパー、Afrika・バンバータ(Afrika Bambaataa、本名ランス・テイラー)が、がんの合併症により亡くなった。
■ ヒップホップの創始者の一人…がん闘病の末に68歳で永眠
10日(現地時間)にTMZなどの海外メディアが報じたところによると、Afrika・バンバータはこの日未明3時ごろ、ペンシルベニア州の自宅で、がん闘病の最中にこの世を去った。側近によれば、故人は最近まで闘病生活を続けており、家族が見守る中で穏やかに目を閉じたという。
■ ギャング同士の戦争を「ヒップホップの祭典」に変えたズールー・ネイションの長
1957年にニューヨークのブロンクスで生まれたバンバータは、若い頃には悪名高いギャング「ブラック・スペイッズ(Black Spades)」のウォーロード(Warlord)として勢力を伸ばした。だが、アフリカへの旅を通じて悟りを得た後、彼は暴力ではなく音楽で黒人コミュニティを結びつけることを決めた。
1973年に設立した「ユニバーサル・ズールー・ネイション(Universal Zulu Nation)」は、ラッパー、グラフィティ・アーティスト、ビーボイなどを束ねる文化団体へと発展し、ヒップホップを単なる音楽ジャンルにとどまらない一つの社会運動へと格上げした。
■ ジャンルの境界を破ったイノベーター…『Planet Rock』の衝撃
音楽面でも彼は先駆者だった。1982年に発表した『Planet Rock』は、ドイツのエレクトロニック音楽グループ、クラフトワーク(Kraftwerk)のビートをヒップホップに取り入れ、「エレクトロ・パンク」という新たなジャンルを切り拓いた。この曲はビルボードのR&Bチャートで4位まで上昇し、ヒップホップの音楽的な射程を広げるのに決定的な役割を果たした。さらに1985年にはU2やラン・D.M.C.(Run-D.M.C.)などと共に、反アパルトヘイト・アルバム〈Sun City〉の制作に参加し、社会的メッセージを投げかけることもあった。
■ 性スキャンダルに彩られた晩年の名声
しかし、彼の偉大な功績は、晩年に浮上した性スキャンダル(性的虐待)疑惑で陰りを帯びた。2016年以降、多数の男性が、1970〜90年代に彼から性的な虐待を受けたと告発した。とりわけ2025年には、人身売買および性的搾取の疑いをめぐって提起された民事訴訟で、期日不出廷として敗訴し、高額の賠償命令を受けるなど、ヒップホップ・コミュニティの中で彼の遺産をめぐる複雑な議論を呼ぶことにもなった。



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