![1993年の故人[共同=聯合ニュース]](https://cdn.www.cineplay.co.kr/w900/q75/article-images/2026-09-25/ddaec7c5-c1ff-4370-992f-a30708459d08.jpg)
時代のヒットメーカー、ジャンルを超えた巨匠の退場
日本映画界の黄金期をけん引し、アクションやロマンス、アニメーションまで幅広い作品を手掛けたマスダ・トシオ監督が、歴史の舞台を去った。日本の現地メディアは25日、故人が先月26日、東京の病院で老衰のため死去したと一斉に報じた。98歳だった。
1927年10月に神戸で生まれた故人は、大阪外国語大学(現・大阪大学)ロシア語学科を経て、1958年の映画『心と肉体の旅』でメガホンを取り、華々しくデビューした。特に当時最高のスターだったイシハラ・ユージロと息の合ったコンビを見せ、『赤いハンカチ』や『錆びたナイフ』など、実に25本のヒット作を生み出した。
確かな演出力は国境を越え、ハリウッドでも輝きを放った。1970年、真珠湾攻撃を描いた日米合作の大作『トラ・トラ・トラ』で日本側の監督に起用され、世界的な名声を得た。当初この役を担う予定だったのは巨匠クロサワ・アキラだったが、途中で降板したため、マスダ・トシオが後任として起用され、プロジェクトを見事に完成させた。米国側ではリチャード・フライシャーがメガホンを取った。
何よりも大衆の記憶に深く刻まれた作品は、まさに『宇宙戦艦ヤマト』だ。1974年にテレビシリーズの監修を務めたマスダ監督は、視聴率不振で早期終了となった不遇の作品を、1977年の劇場版で華々しくよみがえらせた。この劇場版は当時としては驚異的な21億円の興行収入を記録し、日本アニメーション史に大きな道標を打ち立てた。同シリーズは韓国でも『宇宙戦艦V号』のタイトルで放送され、根強いオールドファンを抱えている。

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