![ボニー・タイラーが2013年のユーロビジョンに出場した際の姿[EPA=聯合ニュース資料写真。再販およびDB禁止]](https://cdn.www.cineplay.co.kr/w900/q75/article-images/2026-07-10/110bf4ea-7977-4fa3-be9e-ee0761816992.jpg)
「ハスキー・ボイス」の伝説、永遠の皆既日食の中へと眠りにつく
1980年代のポップ音楽界に独自の足跡を残した英国〈strong〉ウェールズ〈/strong〉出身のポップスター〈strong〉ボニー・タイラー〈/strong〉が75歳をもって死去した。BBCをはじめ主要な海外メディアは9日(現地時間)、世界中の音楽ファンの胸を打った時代のアイコンが永眠したと一斉に伝えた。
〈strong〉ボニー・タイラー〈/strong〉の公式ウェブサイトは「家族とチームメンバーは今夜、彼がポルトガルのある病院で亡くなったことを深い悲しみの中でお伝えする」とし、訃報を公式化した。彼は先月(5月)ポルトガルで緊急の胸部手術を受け、昏睡状態に陥っていた。最近、意識を回復し集中治療室で懸命に闘っていたが、ついに病魔に勝てなかった。
1951年に〈strong〉ウェールズ〈/strong〉で生まれた彼は、荒々しくも訴えかけるように厚みのある独特のハスキー・ボイスで大衆音楽界に彗星のように登場した。1977年に発表した「イッツ・ア・ハートエイク(It’s a Heartache)」で、米〈strong〉ビルボード〈/strong〉のメイン・シングル・チャート「ホット100」で3位に入り、グローバル・スターとしての幕を開けた。
彼の音楽的な頂点は、何といっても1983年に発売されたメガヒット曲〈strong〉「トータル・エクリプス・オブ・ザ・ハート」〈/strong〉だ。ジム・スタインマンが作曲したこの曲は、米国と英国のチャートの頂点を同時に席巻する勢いをみせた。とりわけ〈strong〉ウェールズ〈/strong〉出身の歌手としては初めて米〈strong〉ビルボード〈/strong〉で1位を獲得し、ポップス史に消しがたい一つの到達点を刻んだ。
その後も「パスター・ダン・ザ・スピード・オブ・ナイト(Faster Than the Speed of Night)」「ヒア・シー・カムズ(Here She Comes)」などの名曲を次々に生み出し、〈strong〉グラミー賞〈/strong〉の候補に3度も挙げられる栄誉を得た。映画「フットルース(Footloose)」と「シュレック2」の挿入曲として世代を超えて愛された「ホールディング・アウト・フォー・ア・ヒーロー(Holding Out for a Hero)」も、彼の爆発的な歌唱力を証明するマスターピースだ。
音楽への情熱は晩年になっても衰えなかった。2013年にヨーロッパ最大の音楽フェスティバルであるユーロビジョン・ソング・コンテストに英国代表として出場し、健在ぶりをアピールした。さらに2023年には、文化芸術の発展に尽くした功績として〈strong〉大英帝国勲章〈/strong〉(MBE)を受章した。昨年は〈strong〉「トータル・エクリプス・オブ・ザ・ハート」〈/strong〉が発売から約40年を経て、世界最大の音源配信プラットフォーム〈strong〉スポティファイ〈/strong〉で累計ストリーミング10億回を突破し、時がたっても揺るがない強い影響力を裏付けた。
遺族には、50年以上の歳月にわたり彼のそばを黙々と見守ってきた夫ロバート・サリバンがいる。ポップスの黄金期を率いた巨大な星が去ったという知らせに、世界中の音楽界とファンの哀悼の波が途切れることなく続いている。

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