
〈群体〉が10日で300万人の観客を突破した。映画振興委員会の統合コンピューター・ネットワークによると、1600万人の観客を動員した〈王と私〉より4日早く、公開10日目の5月30日に300万人の観客動員目標に到達した。すでに「千万人角(※)」の話が出てくる理由だ。〈群体〉は何よりも「集団感染」というモチーフの上に、「群体」(群體, Colony)というタイトルからして興味をそそられた。いつしか巨大なジャンルになってしまったゾンビ(zombie)という存在、あるいは生命のない物を扱うとき、その呼び名をあえて変えたいという欲望が、創作者の誰にでもあったからだ。考えてみてほしい。世界中のゾンビ映画は、映画の中でゾンビが登場するとき、主に「感染者」と呼ぶことが多い。だがゾンビとそのまま指し示す場合は、きわめてまれだ。奇妙な行動をし、聞いたことも見たこともない正体不明の存在が、あらゆるゾンビ・コンテンツで「世界で初めて出会う存在」だからである。たとえば2010年から始まり、実に11シーズンまで続いたゾンビのミッド〈ウォーキング・デッド〉では、ゾンビではなく「ウォーカー」(Walker)と呼ばれる。観客は皆、ゾンビをゾンビとして知っているのに、映画の中ではゾンビをゾンビと呼べない。そんなアイロニーといえるのかもしれない。つまり、ゾンビ映画ではゾンビはいつも「初対面」なのだ。

一般にゾンビは、アイティ(ハイチ)のブードゥー教の伝説で「死の状態に陥ったのち、操られる存在」と説明される。具体的には、死からよみがえって動く“死体の姿”の怪物で、ウイルス感染のように他人を攻撃し、噛みついて自分と同じ醜悪なゾンビに作り替えるのだ。最初に「ゾンビ」という表現を使ったのは、イタリアの監督ルチオ・フルチの〈ゾンビ2〉(1979)だ。ジョージ・ロメロの〈死霊のえじき〉を編集し直して公開した映画がイタリアで大ヒットすると、まるでその続編であるかのようにだまして公開した。つまり“元祖”は「ゾンビ」という表現を使っていない。だが、ジョージ・ロメロの〈生ける屍たちの夜〉(1968)がそれに当たる。英題〈Night of the Living Dead〉にあるとおり「リビング・デッド」と呼ばれ、ジョージ・ロメロはアラブやイスラム圏の妖怪として、ゾンビに似た存在として描かれる食人妖怪「グール」と呼びたいと思っていた。だが結局、より馴染んだ呼び名が観客の大勢の表現になり、「ゾンビ」として定着してしまったのだ。ひょっとすると「ゾンビ映画」ではなく「グール映画」と呼ばれていたかもしれない。


〈群体〉という言葉を見て思い浮かんだのは、まさに“韓国初のゾンビ映画”として記録されている〈怪死〉(怪屍, 1981)だった。「倒れる“強”、まっすぐな“強”」という表現を使い、「死んで倒れたのに、ぴんと立っている死体」という“中国版ゾンビ”ともいえる「グァンシ」(僵尸)に近い言い方でもある。つまり、ゾンビをゾンビと呼べないゾンビ映画というジャンルの中で、なんとか独自の呼称を作り出そうとする東アジアの監督たちの強烈な現地化への欲望、そんなものが感じられる。

著作権という概念がほとんどなかった時代の〈怪死〉は、実質的にはイタリアとスペインの合作映画である〈レッツ・スリーピング・コープシズ・ライ〉(Let Sleeping Corpses Lie, 1974)の盗作作だ。だが、さまざまな韓国的な状況とアレンジが加わって、韓国初のゾンビ映画として認められている。台湾から来たカン・ミョンウンは、江原道の白潭寺へ向かう途中で、スジの車に同乗して行く。アメリカで暮らしていたスジは、5年ぶりに韓国へ戻り、姉に会うため、スリ村にある別荘へ向かう道中だった。姉は健康上の問題で療養のため、夫と一緒に江原道に滞在している。ところが車が見知らぬ場所に着くと、カン・ミョンウンが道の様子を見てこようと離れている間に、スジは渓谷で最初のゾンビ、いや「怪死」と遭遇する。

その後、彼の正体が村人たちの話や警察の捜査を通じて、3日前に死んだヨン・ドルという人物だと分かる。だが、死んだ人が生き返ったというスジの話を、誰も信じない。結局、カン・ミョンウンとスジは共同墓地の納骨場所へ向かうが、そこにはヨン・ドルの死体がないばかりか、中から復活した死体たちに襲われる。そのあいだに、カン・ミョンウンとスジを追っていた刑事と、家を出たスジの義理の兄も、ゾンビに変わってしまう。こうして村全体が怪死のせいで恐怖に陥る。

映画は何より、ゾンビやグァンシに比べて、怪死(怪屍)という題名そのものが気味の悪さと独特のオーラを放つ。しかも映画史的に、完全な“映画的な造形物”と言えるゾンビという存在に、どれほど興味深い想像力を注ぎ込んだかが重要だが、〈怪死〉は単に「ゆっくり歩き回る昔のゾンビ」と片づけるには足りない。ゾンビ・ジャンルの商業的な大ヒットをけん引した〈ワールド・ウォーZ〉(2013)や、スティーヴン・ユァンを一躍スターにしたTVシリーズ〈ウォーキング・デッド〉と比べても、映画史上、おそらく最も耐久力の高い怪力のゾンビを登場させた。ゾンビに変わったスジの義理の兄を車でひいても、平気で起き上がる。警察がゾンビに〈オールドボーイ〉のオデスのように「誰だ、お前は!」と叫んで銃を撃っても、平気なのだ。ゾンビ映画で、いつも「最も確実な殲滅(せんめつ)方法」としてゾンビの頭を拳銃で吹き飛ばすことが、〈怪死〉ではできない。今までに、銃を撃っても無効なゾンビがあっただろうか。もしかすると、今の観客、あるいはゾンビ映画のファンが魅力を感じるポイントは、まさにそこにあるのだろう。

だが、死体を再び目覚めさせたのは科学実験だった。害虫を駆除する超音波を研究していた実験室で発生させた超音波が、死体の神経を刺激して復活させたのだ。しかも、それ以前からスリ村では奇形児が生まれるという報告もあったが、科学者たちはそれを無視してきた。ゾンビの蔓延(まんえん)を生む理由を知った主人公は実験室を訪ねて「人を殺す機械を今すぐ止めろ」と告げる。しかし、彼をただの狂人扱いして怒鳴るように叫ぶ「私たちは科学者です!」という言葉に、すべてが詰まっている。通常のゾンビ映画では、その発生原因を探ることはめったにない。新種ウイルスの問題と結びつけ、ワクチンまで作り上げた〈ワールド・ウォーZ〉のように、〈怪死〉も原作の設定どおり、環境破壊という問題へと向かう。ゾンビへの独自の呼称への執着だけでなく、科学との結合という側面でも、〈怪死〉と〈群体〉には共通点が見いだせる。「死体たちが生き返りました!」というスジの叫びのように、そのような形で韓国版〈生ける屍たちの夜〉が作られた。
※ 映画の中の“物”に対する過度な意味づけ 『キム・チョルスの物置』を皮切りに、飛躍を期待する俳優の使用説明書『キム・ジヨンの宝石箱』、心を動かした映画音楽鑑賞ルーム『チュ・アヨンのオルゴール』、サブカル趣味の雑多な買い物記録『ソンチャンオルの漫画本』まで、シネプレイ記者たちがそれぞれの嗜好と視点で隔週連載を始める。


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